第一章 今こそ求められるアグリプロジェクトマネジメント
<<前節 1.2. 段取り八分の「アグリプロジェクトマネジメント」
プロジェクトマネジメントでは計画を立て、実行し、改善していく事が基本になる。いわゆるPDCAサイクルと呼ばれるものだが、農業(特に、露地園芸)の現場では詳細な計画を立てる事に対して、以下のように否定的な意見が挙げられる事が多い。
- 天候の影響が大きく、計画通りの実行は難しく、状況を見ながら柔軟に対応せざるを得ない
- 長年の経験が頭に入っているので、細かく計画を立てなくても問題なく栽培出来る
- 農業生産は工業生産のようにはいかない
確かに、せっかく立てた計画も、台風が来てしまえば、大きく変更を余儀なくされるし、天候や気温の変化、降雨量、日照量などは10日程度先までの予測が限界で、一ヶ月先の作業を計画通りに実行する事などほとんど不可能と言える。つまり、毎日、作物を良く観察し、作物の状況とこの先の天候を考慮して、その日の作業内容を決めていくべきで、詳細な計画を立てるべきではないというのも一理あると思う。
もちろん、本当に計画もなければ、日記も書かない農家がいるのは事実であるし、それはそれで上手に生産している方もいる。しかし、1.2.段取り八分の「アグリプロジェクトマネジメント」でも述べたように、代々続く優良な農家などでは、世代を超えて、毎日の作業をしっかりと日記に記録しているケースが多く見られる。また、記録するだけではなく、作業年度と天候が近い年の日記を見直して参考に、今後の天候の展開を予測しながら、作業内容をどうするか考えている。こういった場合、計画を明文化していないだけで、農家の頭の中にしっかりとした計画がインプットされており、頭の中でPDCAサイクルが出来上がっている。
確かに、家族だけの労働力で、圃場を拡張しない場合であれば、事業計画を明文化せずに、家長の経験と勘をベースに家族従業員が頑張って付いていくという経営も成り立つ。逆に、細かい計画・管理を行っても、手間ばかり掛かって意味が無いと感じる事の方が多いようだ。しかし、仮に、頭の中にしっかりとした計画があり、家族従業員から信頼されていたとしても、明文化された計画が無ければ、作業の現状が進んでいるのか、遅れているのかが計画立案者にしか把握出来ず、他の家族従業員は暗中模索で、指示された目の前の作業を単純にこなすだけという形になってしまう。
このような仕事のスタイルだと、天候などにより、計画に遅れが生じ、長時間作業によってみんなでカバーしなくてはいけなくなった場合に、体力的な負担だけではなく、先が見えない事による心理的な疲弊が出てきて、作業効率が落ちてしまう。また、急な事情で作業順序を変えた場合にも、指示がコロコロ変わっているという印象をもたれてしまい、モチベーションダウンに繋がる事もある。つまり、計画している本人は全てが見えているので、指示の内容に正当性・一貫性はあるのだが、周辺の人間は状況が見えず、非常に疲れてしまうという事になりがちである。家族従業員だけの場合でも大変なのだが、アルバイトや社員を採用し、家族以外の人間が入ってくると、余計に問題が大きくなる。
こういった問題を避け、従業員のストレスを下げて効率的に仕事をしていく為には、作業計画を立てるだけではなく、従業員にも見える化し、意識を共有していく事が必要である。思考力のあるスタッフの場合、自発的に動く事が出来るようになり、効率的なチーム運営、結果として、生産性の向上に繋げていく事が出来る。
最近では、農業でもPDCAサイクルを導入しているケースは少なからずあり、明確な計画の必要性というのが認識されつつあるところだと思う。PDCAとは計画(Plan)を立てて、実行(Do)し、結果を確認(Check)して、改善(Act)していくというものだが、工業生産の現場では非常に有効な手段として定着している。しかしながら、農業にそのまま適用出来るかと言えば、少々難しい面があると考えている。なぜなら、自然の変化、生き物である作物が対象となる農業では作業者の努力以外の要因が非常に複雑に絡み合っており、計画通りに農作業を実行していく事が困難な上に、例え、計画通りに実行出来たとしても、作物の出来が目標通りの品質、規格に達しない場合も多い。この為、農作業は計画に固執し過ぎず、ある程度は状況を見て変更を行い、収穫・出荷というゴールに向かって進めていく柔軟性が必要になる。
こういった理由から、当農園では、計画(Plan)に固定されがちなPDCAではなく、実行段階における柔軟な変更を前提としているOODA(ウーダ)による運用方法を採用している。OODAとは観察(Observe)、方向付け(Orient)、意思決定(Decide)、行動(Act)の4つを繰り返す事で、より的確と考えられる意思決定を行う手法である。圃場と作物をよく観察し、次の作業を考えてから行動に移すという事で、農業的には当たり前の概念であって、難しく考える必要はない。それでは、昔ながらの方法と変わらないのではないかと思われるかも知れないが、「個人」としてではなく、「組織」として当たり前の事を行う為に、OODAのような概念が必要になる。
但し、OODAには計画という概念が設定されていないが、作付計画、施肥設計、防除設計、収穫目標などは初期にしっかりとした計画を立て、最終的なゴール(売上と利益)を明確にした上で作業に入る。当農園における初期の作付け計画は、あくまでも「方向付け」であり、実際には、作物の状況や天候など直近の情報をしっかり観察、分析し、過去のノウハウなどを勘案して、実際に行う農作業段階では柔軟に対応するようにしている。
ここで本節冒頭の話について、OODAの概念で説明すると下記の通りとなる。
- 天候の影響が大きく、計画通りの実行は難しく、状況を見ながら柔軟に対応せざるを得ない
まさにOODAに適する状況である。作物の観察(Observe)を重視し、過去の蓄積データと合わせて、初期に立てた計画を修正していく(Orient)。天候不順などで作業に遅れが出た場合、様々なデータを元に、どの時点で作業を取り返すのか、あるいは、思い切って諦めるのかを検討する。「遅れている」という事実をチームで共有し、しっかりと把握した上で柔軟な対応が重要になる。
- 長年の経験が頭に入っているので、細かく計画を立てなくても問題なく栽培出来る
規模を拡大しないという事であれば問題ないかも知れないが、雇用を伴う規模拡大を考えると従業員に計画を正しく伝え(Decide)、従業員の作業効率を上げる事(Act)が必要になる。もちろん、規模拡大せず、家庭内労働のみであっても、日々の効率的な作業の為には。日々の意思決定が有効である。
- 農業生産は工業生産のようにはいかない
閉じた空間、環境で生産を行う工業生産の現場では、ある程度、固定的なPDCAサイクルで行えばいいが、露地園芸のような日々の変化が激しい場合には、OODAのような変化に対応出来るプロジェクトマネジメントが必要だ。
農作業をデータに基づいて計画し、OODAに基づいた流れの中で段取りを実行していく事で、作業効率を飛躍的に高め、結果を極大化する事が出来る。当農園での一連の農業経営の管理システムをOODAに落とし込むと、図1.3.2.の通りになる。
ここまで読んで頂き、農業におけるプロジェクトマネジメントの必要性を感じて頂けたかと思うが、実際に初めてみようと思った場合、どこから手をつけていけばよいのか悩む場合がある。次章以降で、これらの詳細について説明していくが、これまで作業日記を書いていなかった方の場合には、日記をつけるところから入るのが良い。つまり、Observe(農作業記録)からスタートするべきだ。また、パソコンに不慣れでなければ、パソコンなどを使って記録しておく事をおすすめしたいが、もちろん、紙に日記をつけていくというのでも十分である。
また、既に農作業日記を書いており、そこから一歩進んで、農業のプロジェクトマネジメントを実践しようとしている方の場合、後述するOrient(圃場管理)、つまり、年度、作物別の作付計画を作成する事をおすすめしたい。
栽培計画や農作業日記については、市販の有料、無料のアプリなども出ているので、そういったものを活用するのも一つの手ではあるが、Googleという会社が提供している無料のスプレッドシートというソフトがあり、費用が掛からないので、出来ればこれを使った管理を試してもらいたい。
Google社提供スプレッドシート
https://www.google.com/intl/ja_jp/sheets/about/
今までパソコンに慣れ親しんでいない人が急にこういったツールを覚えていくのは大変かも知れないが、使いこなせば大きなメリットがあるし、無料で使えるという点も大きい。紙による記録ではなく、Googleスプレッドシートを使った場合のメリットは以下のようなものがある。
- データの蓄積が楽で、後から簡単に見直す事が出来る
- 月別売上、肥料コストの計算や積算温度の計算などが簡単に出来る
- パソコンだけでなく、スマートフォンからでも見られるので、現場ですぐに確認出来る
売上が5000万円を超えるような大規模化が進みつつある生産法人であれば有料ソフトを導入する事を考えていいかも知れないが、個人農家など小規模な段階では、生産管理システムへの大きな投資は控えておいた方が無難だ。もちろん、スプレッドシートは農業専用のソフトではないので、使い勝手の部分に難があり、使い方の勉強も必要になるが、出来る範囲でやってみるという気持ちでトライしてもらいたいし、慣れてくれば自分の環境に合わせて如何ようにでもカスタマイズ出来る。
次章以降、スプレッドシートを活用した具体的な管理方法について説明していく。