第一章 今こそ求められるアグリプロジェクトマネジメント
<<前節 0.はじめに:アグリプロジェクトマネジメントのすゝめ
新規就農者がうまくいっているケースは多くなく、就農実態調査の所得状況の調査(図1-1)によると、新規参入者で300万円以上の所得を得ているのは、わずか9.8%にとどまっている。特に、露地野菜の所得が最も低く、平均で72万円、300万円以上はたったの5%となっており、かなり厳しい状況であるという事が分かっている。
図1-1 出典:新規就農者の就農実態に関する調査結果-平成 28 年度-
就農実態調査の中でも新規参入者が苦労している理由などについての調査はなされており、技術不足、資金不足、圃場が集まらない、圃場条件が悪いなど、個別の事情も含め、ありとあらゆる面で問題を抱えているという事が分かっている。もちろん、私自身も同様に、様々な問題を抱えながら事業を行っており、とりわけ、圃場の悪条件であったり、栽培技術が低いなど、一朝一夕では解決出来ない部分に5年経過した今でも苦戦している。
弱音を吐いても事態は好転しないので、強みを発揮出来る部分を見つけ出し、しっかりとした農業経営基盤を構築しなくては生き抜く事は出来ない。つまり、どこで強みを発揮するかを考え、実践する事が重要なのだが、まずは、露地型農業の収益力を決める重要な要素を図1-2のようにまとめてみた。
❏ 収益力を決める六大要素
図1-2
それぞれを補足していくと、以下の通りになる。
1.圃場力
圃場、つまり、田んぼや畑の力で、露地農業では最も重要な要素になる。これは、一般的に、「地力」と呼ばれるようなその圃場そのものが持っている物理的、科学的な力(肥料持ちがいいとか、水はけが良好、土が深い、石が少ないなど)だけではなく、大型の農業機械やトラックを使う現代農業では田んぼのロケーション(大きめの道路に面している、作業場からの距離、整形されているなど)も重要な要素である。
私のような地元にツテがない新規参入者の場合、大抵は誰もやりたがらない条件が悪い圃場(形が悪い、道路に面していない、石が多いなど)が多いのだが、時間とともに、研修先農家からの紹介などで良い条件の圃場を購入出来たり、借りる事が出来るようになってくる場合がある。
この為、この要素は自分の努力だけではどうにもならない部分でもあるので、時間を掛けて良質な圃場を見つけつつ、条件の悪い圃場に対し、採算性が合う範囲で、技術や人件費などプラスαのコストを掛けていく事が必要である。
2.栽培技術力
栽培に関する各種技術・知識・経験となる。農業を趣味としてではなく、プロとしてやっていく場合、品質、サイズ、量、期日などの面で顧客(市場・消費者)のニーズを満たしていく必要がある。ただ単に農作物を作るだけでは、高い収益性を実現する事は出来ない。
これは、最終消費者が誰になり、どういうニーズがあるのかに左右される。野菜の場合、有機・無農薬のようなものを求める消費者であれば、それが実現出来ていれば、見た目やサイズなどに関しては多少許容されるものであるが、スーパー用の出荷物になった場合には見た目や鮮度、サイズというのが重要であり、外食・中食産業などの業務用の場合には歩留まりが重要な要素になる。
「食べられる農作物を作る」と「顧客ニーズに合った農作物を作る」というのは非常に大きな技術差があり、日照・気温など、日々変わっていく環境の中において実現する事は様々な経験と知識が必要となる。
3.作業管理力
ここが、アグリプロジェクトマネージメントという概念で私達が強みを発揮したいと考えている部分だ。農業では、圃場における栽培を行う農作業の部分と、収穫したものを作業場に持ち帰り、出荷調整などをして、仕分け・箱詰して出荷するまでの一連の出荷作業部分の両方が重要になる。出荷調整作業は圃場にある農作物に付加価値をつけて「商品」に仕上げていくとても重要なプロセスになる。
農業に対して一般の人が持つイメージは、良い土作りをして、丹精込めて良い作物を作るという部分だと思うが、圃場で出来た良い作物を圃場と離れた場所にいる消費者が最終的に口に入れてもらった段階で味と値段で満足してもらうまでが非常に重要である。その為に、商品に傷をつけずに丁寧に作業しつつも、効率的に素早く行う事で多くの消費者に鮮度を保って、適切な価格でお届けする事を可能にする。チンタラ作業をしていては、折角の作物の鮮度も落ちるし、量を出荷する事が出来ず、原価の上昇を意味する。
一人で農作業をするのであれば、根性論でもいいのだが、複数の人数で作業をしていく場合、個々のスタッフの作業効率、連携が重要で、作業の計画性・共通化・平準化が重要になってくる。
4.規模・設備
意外に思う方もいるかも知れないが、農業というのは設備産業の面もあり、昔から大なり小なりではあるが、農業機械、設備を導入し、効率化を図ってきている。当園の場合でも、新品・中古品の両方を合わせると、5年で3000万円ほどの投資を行ってきている。恥ずかしい話ではあるのだが、リターンから逆算して投資したというよりは、絶対に必要なものを、随時、購入していった結果、この投資額になっている。ようやく5年目にして、この投資した機械・設備において最適な生産規模というのを割り出す事が出来つつあり、そこに向けた事業計画を策定出来るようになっている。
農業の効率化を図るには機械への投資・導入が必須なのだが、導入した機械の効果を極大化するには適切な生産規模があり、生産規模に合わない機械・設備導入は過剰投資となる。しかしながら、ここが難しい点でもあり、増産には圃場を増やす必要があるが、1.圃場力で書いた通り、こちらの都合で確保する事が難しい部分となっている。この為、将来の目標生産規模に対して、先行投資をせざるを得ない状況が発生し、経営力が問われる事となる。
5.販売・原価管理
新規就農で成功した方の本で多く見られるのが、直売・直販で販売収益力を上げていくという手法だ。これは優良な圃場を獲得しにくい新規就農者にとって、少ない圃場で一定の売上規模を達成するには非常に有効であると思う。特に、無農薬であったり、特殊な作物を作っていく場合において、ネットによる直販は強みを発揮する。
当園の場合、JA出荷、或いは、地元青果市場への出荷をメインとしており、出荷手数料、送料などで10〜20%のコストが掛かっており、ネットにおける直販よりは販売におけるコストが多く掛かっているのは事実である。しかし、それでもレタスなどをJAに全量出荷しているのは、顧客管理や販売にコストを掛けず、生産規模拡大に注力しながら、出荷効率を最重要視しているからだ。
販売に力を入れて売価を上げるか、販売管理費を含んだ生産原価を下げるか、その両方を達成するかは、農業経営のスタイルによって選択すれば良いと思うが、売価やコストを強く意識する事は強い経営基盤を作るという点において非常に重要である。
6.作物収益力
作物の種類・時期によって反収(10a辺りの売上)は大きく変わってくるので、何の作物をどの時期に作るかというのが重要となる。いわゆる産地化された作物の場合、全国販売する場合において、有利販売(高い売価)が出来る仕組み、設備がある事に加え、地域での栽培におけるナレッジの蓄積、気候条件が適しているなど、高い収益を確保する上で必要な要素が整っている。
もちろん、産地化された作物以外でも、有機栽培のように個々の生産者の努力によって付加価値をつけた作物を生産し、高い収益力を実現する事も出来る。作りたいものを作るというスタイルではなく、高い価格が付く作物、つまり、顧客ニーズに合ったものを生産していくという事が収益力向上に繋がる。
何を強みにするかというのは個人の農家の判断に分かれるところだと思うが、当園の場合では、私がITの会社を経営しているという経験がバッググラウンドとしてあったので、ITを活用した作業管理や原価管理、資金調達による設備投資を積極的に行っていく事で、一般的な農家に対して、強みを出していける部分ではないかと考えている。
図1-3
図1-3にあるように、一般的なモデルケースを三つ例示してる。一般的に見て、成功している収益力の高い個人農家というのは、先祖代々続く良質な圃場を持っており、勤勉で栽培についても高い技術・豊富な知識を有しているケースがある。弱点があるとすれば、家族・親族以外の人材を入れて、利益率を悪化させる規模拡大については消極的な場合があるという点だろうと思うが、一部の農家では法人化して、高い技術を有したまま拡大している場合もある。
また、生産法人化を推し進めている生産組織の場合、拡張を急ぐ為、悪条件の圃場が増えていく傾向にあり、採用する人材の技能不足、教育不足により、栽培技術という点においても向上しない傾向が多く見られる。このように、小規模で利益率重視の個人農家と規模拡大で売上を重視していく生産法人とは相反する関係になる場合が多い。
当農園の場合、まずは、IT活用による作業管理、栽培・作業データを蓄積する事を強みにする事で、悪い圃場条件であったり、栽培技術が低い状態である事をカバーしていくようにしている。もちろん、時間を掛けて良質の圃場を集めたり、栽培技術を向上させていく事は行っている。また、機械や設備に対しては一定の投資を短期的に行って、同時に条件の悪い圃場でも集めていく事で、一定の生産規模を確保して経営を成り立たせている。