豊年虫(志賀直哉)

先日、何だか、久しぶりに本を読みたくなって、本棚にあった志賀直哉の短編集をバックに忍ばせていた。短編集であれば、合間合間に読めるだろうと思っていたのだが・・・意外と時間がなく、長い事入りっぱなしになっていた。しかし、ようやく、昨日の移動時間中に、少しだけ読む事が出来た。


志賀直哉の本はとても好きで、大学生の頃、暗夜行路にどっぷりと嵌り、その後、短編含めて、一連の小説を読み耽った事がある。志賀直哉小説のメインのテーマが、父との確執というところもあって、親元を離れたばかりの当時の自分にとって、それに引き込まれていったのは当然の事だったのだと思う。いや、小説みたいに父と大きな確執があったわけではないのだけど、一般的な息子が持つ、父への反発というのはあったように思う。
さて、豊年虫であるが、自宅にあったので、おそらく、過去に一度は読んだはずなのだが、記憶に残っていない。当時は面白いと感じなかったのだろう。今、読んでみると、大変に面白く、思慮深い小説だと感じた。私が人生経験を積み重ねたからなのか、私の父から見れば、依然、「息子」という立場であるが、私の息子から見れば、「父」という立場になっており、その環境の違いからなのか、色々と要因はある。
豊年虫のストーリー自体は錯乱気味というか、まとまりがなく、起承転結もはっきりとしないし、思いついたまま書いていっている散文のように思える。しかし、この小説の最大にして、唯一と思える肝は「なるほど生きているうちからこの虫の身体は腐れていくのかも知れぬと思った」という最後の一文だと思うの。この一文が、自分への戒めか、社会全体、一般の人々、政治家(文中に県議会議員が出てくる)など、いずれかを暗に批判している暗喩なのかははっきりしない。正直、如何様にでも取れる。
人間は腐る。見た目は分からなくても、内部が腐っている事は多々あるだろう。腐っても自分で気づくのは至難の技だ。行き着くところまできて、初めて、自分が腐っていることに気づくか、あるいは、くさってぼとっと落ちる。ま、そういう事だ。
小説の中で、前日は、雪のようにいっぱい見る事が出来た豊年虫も、翌日は風に虫が流され、見る事が出来なくなってしまっていた。今日あるチャンスは、明日あるとは限らない。今を一生懸命に生きないと、内部が腐るし、チャンスもめぐってこない。
ところで、小説内で気になった単語をメモ。
造り酒屋(つくりさかや):いわゆる酒屋が豪商的なイメージを持つ事がある一方で、造り酒屋というと、そこで酒を造り、純粋に酒だけを販売するというイメージだ。今でいう、小売をやっている蔵のようなイメージではないかと思う。なんか、かっこいい響き。
千曲川(ちくまがわ):色々な小説に出てくる有名な川。今年の夏、見に行くと決心。遠いが。。。
豊年虫(ほうねんむし):信州戸倉温泉、上山田温泉辺りの地域で「かげろう(蜉蝣)」の事を豊年虫というらしい。ちなみに、この小説を書いた笹屋ホテルの数寄屋造り8室の部屋が2003年に重要文化財に登録された際、豊年虫と名づけられたそうだ。一度、とまってみたい。3万円/泊なので、「いつか」でいいやという感じ。
火取虫(ひとりむし):灯に集まる虫のこと。
掛茶屋(かけぢゃや):よく分からないが、多分、水戸黄門のうっかり八兵衛さんがよく腰掛けて、団子を食べていたような茶屋のことではないかと思う。
曲輪(くるわ):城郭内にある一定区画を分ける区域のこと。この小説では、真田雪村の城を見に行っている。
やくざに見え:何となくは分かるが、よく意味を取れなかったのだけど、以下に解説(推察)してくれている方がいた。
http://blog.goo.ne.jp/shokeimoji2005/e/064038a358141cd0d4334fa5d84c81ac
今年の夏は、戸倉温泉に出掛け、小説に出てくる場所をトレースしたいなぁ。家族で行くと、お金が掛かりそうなので、しばらくは無理か。日帰り出来る距離じゃないし。行きたいけど、どうしたものか。

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